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知事官邸について介紹

投稿 2014/4/15 下午 12:22:36

日治時期臺灣三座接待皇室用的官邸 原台南県知事官邸について
原台南県知事官邸は1900年(明治33年)に建設され、現在は台南市指定の古跡です。台南人は別称「「時鐘楼(時計台)」と名づけています。その名が名づけられてた一説はデパッテル屋上の形状が時計に似ているからだといわれています。当建築物は地方知事の官邸として使用された以外、もう一つの重要な用途は日本皇族が外出したときの「御泊所」でもあります。台湾の歴史上、当建築物は南台湾で唯一皇族の居住用に設計された行館です。1941年迄に約20名近くの日本皇族がここを訪れています。それっは総督官邸として使用された台北賓館の数量よりも多く、この建築物が日本統治時代の台湾で重要な役目を果たしていたことが窺えます。特に1923年当時、後に昭和天皇となる裕仁皇太子は台湾を訪問され、当所に宿泊されました。当時の裕仁皇太子が台湾訪問時に宿泊された跡地は台北賓館と台南県知事官邸の二箇所しか残されておらず、その他は全て解体されています。 
 
●日本統治時代 台湾にある三つの皇族接待用の官邸の一つ
台北総督府官邸(1901年建設),現在は台北賓館,国家指定古跡。
台中県知事官邸(1899年建設),解体済み。
 
台南県知事官邸(1900年建設),現在台南市の指定古跡。 (現状写真)
臺南縣知事官邸(1900年建)
●官邸はだれが泊まるの?
  原台南県知事官邸は日本皇族が台湾と訪問された時に宿泊する「御泊所」として提供されている以外、平日は県知事の官邸です。日本統治時代の行政区分の変更に伴い、建築物の主人も変更しています。主人の変更から当時の台湾地方行政区分の変りが見られ、台南県から台南庁、そして最後は台南州に変更されました。
日本裕仁皇太子台灣行啟
  1923年日本裕仁皇太子(昭和天皇)は1923年に台湾を訪問し、多くの台湾地方を訪れました。これらの観光スポットは現在古跡と指定されており、現地を「裕仁皇太子の台湾旅行路線」も起点としました。市内と安平の文化資産をリンクし、重要なプチ文化旅行のテーマとなりました。
  台南市の観光予定地は台南驛(台南駅)、台南御泊所(知事官邸)、台南州庁(現在の台湾文学館)、北白川宮御遺跡所(現在の公11駐車場)、南門尋常小学校(現在は中学校を建設中)、孔子廟、台南師範学校(台南大学)、台南第一公学校(現在の台南大学附属小学校)、台南公園、台南第一中学校(現在の台南二中)、安平製塩会社前埋立地、安平製塩会社塩田(安順塩場)、台湾総督府殖產局附属鹹水養殖試験場(現在の華平路と永華路交差口から西側)、步兵第二聯隊(現在の成大榕園校区)等14箇所あります。
map
台南驛(1923年台南駅は木造駅)にて裕仁皇太子を歓迎する行列。 裕仁皇太子が台南第一中学校(現在は台南二中)の校門にて。
裕仁皇太子が台南州庁に到着(現在の台湾文学館)。
裕仁皇太子台南神社/北白川宮御遺跡所に到着(現在の公11駐車場)
裕仁皇太子が孔廟を見学。
裕仁皇太子台南師範学校に到着(台南大学)。 裕仁皇太子安平製塩会社社塩田に到着、見学。(安順塩場,現在の南寮塩田文化村)。